このインタビューは、ドイツの公立劇場ミュンヘン・カンマーシュピーレの新作レパートリー「NŌ THEATER」(作・演出 岡田利規)の初日があけた翌々日、帰国する岡田の到着を待ち受け、羽田空港で行われた。「日本はゆっくり自殺している」「内戦をしている」など、絶望とも取れる言葉を口にした岡田は今、何を考えているのか? そしてなぜチェルフィッチュ設立20周年の今年『三月の5日間』のリクリエーションを行うのか?
インタビュー、編集:山口博之 / 撮影:竹久直樹

ミュンヘン帰りの岡田利規の到着を、羽田空港で待つ。

山口博之:
おかえりなさい。

岡田利規:
どうも、お迎えありがとうございます。

長旅お疲れ様でした。

いや、疲れてるということもないです。元気ということでもないですけど。

普通ということですね。ミュンヘンのカンマーシュピーレでの新作レパートリーは、初日を無事迎えたそうですね。

満足して帰ってきました。

客席の反応にですか? それとも自分自身に?

納得のいくものがつくれたということです。お客さんを初めて中に入れて、観てもらって、僕もその中で一緒に観て、伝わってほしいと思っていたものがきちんと伝わっているという感覚を得ることができてほっとしました。まあ、それが得られたら満足、というのはドイツの仕事に限ったことではなくて、いつだってそうなんですが。

さて今年、チェルフィッチュが旗揚げ20周年ですが、率直な思いや感想などありますか?

正直いうと、これといって特には。20年ずっと一緒にやってきたメンバーがいるわけじゃないせいかもしれないですが。

10周年の時もなかったですか?

なかったですね。旗揚げ当初はこんな密度で活動していたわけじゃないし、ただの偶然ですけど、10年目に初めて海外公演をしたんです。それは大きな区切りでしたけどね。

20年は長かったですか?

というか、よくここまで生き延びたなあと思います。

時間で何かを区切るというタイプではないんですね。

そうかも。僕は大学に入ってから演劇を始めたんです。19歳のときですね。中学、高校から演劇始めてる人もたくさんいるでしょ? それに比べると遅いくらいで長いとは言えないなーとずっと思ってたんだけど、人生の半分以上の時間を演劇やっている、と38歳で気付いた時にはハッとしましたけどね。

では、チェルフィッチュをどこかでタームとして区切ることはできますか?

大学のサークルの活動の延長でやってた3年間が第一期。それが解消されて、STスポットの公募フェス に応募してショーケース型のフェスティバルに参加して、以降、STとの繋がりが始まるんですが、そこから2004年の『三月の5日間』までが第二期かな。『三月の5日間』が色んな意味で僕たちの活動をひろげて、外に連れて行ってくれた。そこから始まった展開が第三期になるかと。

  • (「モノ・マガジン」2006年3月16日号掲載)
  • (「労苦の終わり」2005年 @STスポット)

2011年の東日本大震災は、次に切り替わるタイミングではなかったのでしょうか。

考え方は大きく変わったし、それにともなって作風も変わった。でもそれは僕個人の出来事であってチェルフィッチュとしてあの震災が区切りになってるという気はしないんですよね。

では、チェルフィッチュはいまなお長い三期目にいるということなんですね。

何を四期目と言えるのかわかっていないんですよ、まだ。

能の方法論による現代の殺生話としての金融と本懐を遂げられない女たちを通したフェミニズム

今回のドイツで制作した新作「NŌ THEATER」は、どういった作品になったのでしょうか? 能、幽霊、金融というキーワードだけ先に伺っていました。

世阿弥が書いた『三道』という本があるんですよ。簡単に言うと、能はこうつくりなさい、ということが書いてあるハウツー本です。これを読めば能はつくれる。能が持っている物語とかナラティブとか音楽の付け方のフォーマットに沿って新しい芝居をつくりました。舞台セットも衣装も音楽も、オリジナルの能とは全然違うけど、だからあれは能だと僕は思ってます。

構造的に能の方法論に則っていると。

能の物語のフォーマットで僕にとって最も重要なポイントは、満たされない魂としての幽霊が主人公だということで、これってポリティカルなものをつくるのにすごく適したフォーマットなんですよね。現代において、満たされない思いを持ったまま死んだ魂はいるかと考えると、そんなのどこにだっている。そして人の魂が満たされない理由っていうのはほとんどの場合、社会的な問題が原因ですから、つまり、それを描くことは自然とソーシャルに、ポリティカルになる。僕はそのことに一番関心がある。能が日本の伝統の演劇だ、とかそういうことより、世阿弥という個人がつくったフォーマットを、いやあこりゃプラクティカルだわ、と思ってる、というほうが近いです。

能が、ライブミュージックと一緒にやる演劇だというのも大事ですね。ミュージシャンと役者が同等のプレゼンスで舞台上にいて上演が行われる。これもすごくおもしろいことだと思ってます。

  • (c) Julian Baumann
  • (c) Julian Baumann

「NŌ THEATER」ではふたつの能が上演されます。ひとつは金融の話。投資銀行のトレーダーだった男がシテです。もうひとつはフェミニズムの話で女性がシテです。それぞれ、オリジナルの能の謡曲のレファレンスがあります。金融のほうは殺生がテーマの、猟師が主人公の作品などを基にしてます。つまり罪の報いを受けて苦しむというコンセプトをほぼそのまま使ってるわけです。当時における殺生のような罪深さというのは現代においては何か、と考えて、世界金融の果てしない貪欲さに置き換えてみたんです。フェミニズムの話のほうは、オリジナルの能にも女性であるが故に本懐を遂げられなかったというストーリーはあるんです。女武者の話とか、静御前の話とかね。そのあたりを参照してつくりました。

  • (c) Julian Baumann

金融というテーマは、以前から労働問題や政権交代、通貨危機などとして描かれてきましたが、フェミニズムという切り口は初めてな気がします。そのふたつはどこから出てきたのでしょうか。

僕の中で、今この日本の社会がゆっくり自殺してるっていうイメージがあるんですよね。死なないためになにか手を打たなきゃいけないはずなのに何もできないでいる。そのことを経済と政治、ふたつの側面から見たひとつのパッケージとして上演しようというのがこのプロダクションのコンセプトです。

「社会がゆっくり自殺している」というイメージは、震災後の感覚と捉えていいですか?

僕にとってはそうですね。僕がそういうことを考えるきっかけになったのは、間違いなくそうです。

ミュンヘン・カンマーシュピーレの芸術監督であるマティアス・リリエンタールさんがインタビューで、新作は後期資本主義についても触れるつもりだと話していたのですが、それはまさに金融の話のことなんですね。

そうだと思います。

海外で制作する際、テーマ選定に関しては周囲からの示唆などが影響しますか?

たとえばマティアスとのやりとりは大きいですよ。彼はアーティストを突ついて活性化させることに長けてると思う。そうやっていろんなつくり手をこれまでにも刺激してきたんだろうなと、彼と話しているとよく思います。

今回の劇場での制作は劇場のレパートリーのための制作(※1)で、つくって稽古した後は初日以降観れず、今後はおまかせで上演していってもらうということになるわけですが、それを演出家としてどう捉えていますか? 本番を繰り返しながら良くしていくということができないわけですが。

上演は本番を繰り返せば良くなっていきますよ。たとえ演出家が現場を離れてても。ウェブサイトのスケジュールを見てもらえればわかりますが、毎日異なる演目を上演する、というのがドイツの劇場のやり方、レパートリーシステムなんですよね。でっかいセットを日々バラして、仕込んで、とやってます。僕もそれに慣れてきて、そのことを特にヘンだとかは思わなくなりました。

ちなみに、なぜなのか知らないんですけど、ドイツだと初日すら見ない演出家もいるみたいです。僕も演者に聞かれたんです「今日(初日)、観るの?」って。観るよ当たり前じゃん。でも彼らにとっては当たり前じゃないらしい。

ドイツ演劇の俳優が演じる『ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶』

昨年、レパートリー作品のひとつとしてつくった『ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶』を写真で拝見しました。役者が机の上で海老反りのようになっていて、わたしたちが知っている作品からは想像できない仕上がりのようですね。

  • (『ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶』ドイツ公演 (C)Julian Baumann)
  • (「ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶」日本公演 (C) Dieter Hartwig)

そうですね、ああなりましたね。

“ダラダラした”と形容された身体が特徴だった作品をドイツ演劇の俳優がやるとあそこまで変わるのかと驚きました。

言うまでもないことですけど、リアリティっていうのが大事なわけです。問題はそれが誰のリアリティかということで、もちろんひとつは演出家である僕のリアリティ。でも演劇ってひとりでつくるもんじゃないから、プロダクションに関わっている人たちのリアリティだって当然持ち込まれるし、そのほうが豊かなものができる。チェルフィッチュ的とか言われたりすることもある”ダラダラした”身体の動きをやってくれとカンマーシュピーレの役者にリクエストしても、おもしろい結果にはたぶんならない。どうしてかというと、チェルフィッチュで日本の役者とあれをつくるとき、役者と僕のあいだにすでにあるリアリティが共有されていて、実はそれを前提にしてつくってる。でもドイツでつくるときに一緒に仕事する役者とはそれは共有していない。でもそれは何らがっかりすることではない。だってそれは何か新しいものを生み出すチャンスだから。エステティクスの問題として、技術の問題として、言葉を尽くして歩み寄っていくわけです、共有されたリアリティを前提にするかわりに。『NŌ THEATER』も『ホットペッパー』も、ドイツ演劇の俳優が日本人を演じているけど、演劇だとそれは全然おかしいことじゃなくて、演劇ってだってそういうもんでしょ。

24歳以下の役者だけで『三月の5日間』のリクリエーションを行う理由

今年『三月の5日間』のリクリエーションがあります。ドイツでまったく新しい俳優によって演じられたように、今回もこれまでの出演者は出ず、24歳以下に絞ったまったく新しい若い役者と制作をすることになります。

僕の中で役者に求めるものが以前とはかなり大きく変わってきていて、それはここまでに自分が経験してきたことと繋がってます。具体的にいうと第三期、海外での公演が増えてきた頃に、ちょっと問題が出てきた。海外のフェスティバルに参加するのみならず、国際共同制作というフレームで演目をつくるようにもなった。制作資金の集め方も変わってきたし、行く場所、やる場所が変わることで考えることも変わってくる。つくる際の姿勢や目指すものもその影響を受けて変わる。そうした変化はたとえば僕にとってはとてもポジティブなことだった。でも公演に関わるメンバー全員にとってそうだったわけではなかったんです。たとえば、僕は演出家だから通訳を介して海外でも仕事ができる。でも役者はそう簡単にはいかない。彼らは舞台上で言葉を話さなければいけないわけで、海外で俳優として活動するというのは簡単にイメージできることじゃない。さらに、俳優にとってツアーで二、三ヶ月海外に行くということは、その間の日本での仕事の機会をあきらめるということにもなってしまう。でもこれはほんの一例にすぎない。海外での活動に対するモチベーションにばらつきがあって、たとえばカンパニーの中で何か別の、もっと大きな理念みたいなものをシェアできていればよかったのかもしれないけど、それができていたわけでもなかった。それが第三期に起こった問題です。

それで今、若い人たちとのリクリエーションにむけてオーディションをしてるわけです。日本の演劇の文脈で本格的に活動する前の人たちに、出会ってしまえと思ったんですね。われわれの活動の仕方のほうを先に経験させてしまおうと。最初のオーディションの面接では「あなたはどんな野心を持っていますか?」ということを尋ねました。そのとき例えば「私は演劇が好きで…」といったスケールの答えしか返してくれなかった人のことは選ばなかった。それより大きな何かを持ってる人は残しました。しっかりしてる若い人は僕が思ってた以上にいっぱいいて、非常に頼もしいですよ。公演のメンバーとしてというだけじゃなく、未来を託す次世代として。

今回選ばれた出演者は、今後のチェルフィッチュの活動にも関わっていくことになるんですか?

その可能性はもちろんあります、でもそうじゃなくてもいい。僕はこのプロジェクトを、『三月の5日間』のリクリエーションを若いおもしろい役者と行う、というだけのものにするつもりはないんです。野心を持った若い人に、クリエーションの過程もそうだし、その先のツアーを含めて経験してもらって、考えてもらう。きっと意味のある経験になると思う。その後どうするかは自由、チェルフィッチュをやらなくても、役者を続けなくてもいい。だからこそ野心を重視してるんです。

広く演劇界に寄与する人材ということが狙いではないんですね。

「演劇が好きで」という話をしてくれた人のことを「野心が小さい」と言って落としてる俺が持つべきフレームでは、それはないでしょ(笑)。

そうですね(笑)。野心という言葉が出ましたが、これまでの世代の役者ではできない、新しい何かが生まれるということにどんな期待がありますか?

演劇が社会に対してできるだけ大きな効果を持っていてほしい。上演が行われ、それが観られ、という状況が何かを生み出して何かと結びつくということの持つ社会性の度合いがもっと大きくなればいいなと思ってるんです。若い人たちにそれを引っ張っていってほしい。演劇が好きなんです、というピュアなモチベーションだけしかない人たちに対して、社会的な意識を持てとか言っても、得策じゃないというか、それは余計なお世話な気がするんですよね。でも僕としてはこれから演劇をやるべく入ってくる若い人たちは演劇を大きなスケール、社会的なフレームで捉えるような人たちであってほしいんです。

オーディションは演劇経験のない人もいたんですか?

いましたよ。それこそ社会的意識の高さだけから来た人もいた。

今回オーディションを受けた人は、『三月の5日間』で描かれたイラク戦争について世代的にリアリティを持って経験していないと思うのですが、戯曲を理解して社会的意識と接続しようとしていた感じなのでしょうか。

たとえばイラク戦争の時は6歳でした、という子もいるわけですよ。応募資格のある最年長の24歳にしても、13年前は小学生ですからね。当時中学生だった人は応募条件から外れちゃってる。一方で、彼らの中には子どもながらに漠然と覚えている記憶なんかもあったりして、それはそれですごく生々しい。でも僕は『三月の5日間』が描いている「イラク戦争」と自分を必ずしも結びつけてほしいわけじゃないんですよ。それに限らない野心というか関心、好奇心を持っていてほしいだけです。

国や地域、民族という括りで見ない。フォーカスはあくまで個人にある。

今日ミュンヘンから帰られて、次はタイで『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』(2014年初演)の公演、その先にはタイのアーティストとの共同制作が控えています。日本を含め、各地で制作することに対して、どう臨んでいらっしゃいますか。

ヨーロッパで仕事をして、次はアジアのプロジェクトですね、どうですか? みたいな質問には、どう答えたらいいのかわかんないんですよね。言えるのは、そういう質問が前提にしてるフレームじゃないところで僕はやってると思う、ということです。たとえば今度、タイのアーティストとのコラボレーションをする予定になっています。でも僕は”タイとのコラボレーション”ということにはフォーカスを置いてないです。”アジアでのプロダクション”みたいなことも最重要ではないです。最重要なのはコラボレーターであるアーティスト。そのアーティストは、タイの社会に生きタイの社会を描くタイ人のアーティストですから、その表現はタイなりアジアなりを表現したものになるでしょう。ドイツで仕事をしていることにしたって、マティアス・リリエンタールという芸術監督が僕に作品をつくる機会を与え続けてくれていて、彼のヴィジョンに賛同している、そこに関われることをうれしく思うから僕もやる。要はただそれだけです。能への興味にしてもそうで、日本の古典芸能うんぬんじゃなくて僕は世阿弥という個人、彼のつくった形式に興味があって、それをすごいと思ってる。

国や地域という問題ではなく、誰とやるか、その人が何を考えているかということが大事で、結果として引き受けざるを得ないものがあるかもしれないけど、それは各地域どこでやったとしても当然あるよねということですよね。最初からその感覚はあったんですか?

それはいろんな経験をした結果です。

ところで最近、政治や経済だけでなく、歴史もキーワードのひとつにしていると伺っています。

そんなこと言ったことあったっけか(笑)。でも歴史は、演劇にとってもっとも大切な想像力や僕が今興味を持っている幽霊と繋がりますよ。想像力がないと目の前に歴史を存在させられない。つまり目に映る“現在”しか認識できない。これは幽霊を見ることと同じですよね。幽霊って、過去を現在化させるための天才的な発明品であって、まさに歴史なわけですよ。想像力は必要な力です。それがなければ現在を、歴史をオーバーラップさせた状態としてとらえることができないのだし、幽霊を見られない。つまり幽霊という発明品の力を享受できないのだし、そしてなにより、想像力がなければ、演劇を経験できない。

僕たちは“内戦状態”にある。その未来は絶望的か、希望のありかはどこか。

日本が自殺しかかっているということをおっしゃってましたが、別のインタビューで2020年の東京オリンピック以降は日本でできる仕事なんてなくなると、と悲観的におっしゃっていました。そこから明るく開ける可能性みたいなものは見えていませんか?

正直見えてないです。いま自分には現状が分断状態、内戦状態にしか思えないんですね。で、そういう状態のなかで僕は表現活動ってものに携わる人間としてどうするのかってことが大問題なわけです、つまり、分断・内戦の状態が終わりますようにというふうに活動するのか、それとも内戦を戦うこととしての表現活動をするのか。どうしたらいいのか正直わかってません。ただ、内戦をやめようとは僕は思えていない。そんなこと安易に言えないです。自分の信念が正しくて誰もかもが信じるに値するものだと思っていることの裏返しでしかない。自分が信じているものを大切にするつもりなら、そしてこの現状を良くないと思っているなら、内戦するしかないんじゃないか。分断状態が終わったほうがいいとさえ思えていない気もする。でも今言ったような考えをいいものだと思えてるわけでも全然ないです。ほんとどうしたらいいんでしょうね。

さっきの質問の、「明るく開ける可能性がある」の主語は何かといったらそれは常識的に言って「日本」ですよね。「日本」という主語で考えたくない時、考える必要ないじゃんって思う時ってのがあるわけです。明るくなる可能性ないと思ってるし。その未来は暗いし。でもそれは私やあなた個人の未来が暗くなることでは必ずしもない。あなたの未来が明るくなることはあり得る、それはあなた次第だから。そうは言ってももちろん国の力はとても大きくて、プラクティカルに言えば税金を払って行政サービスやインフラを使ってる、そうしないとゴミ収集車も来なくなってしまうわけで、そのレベルで国と個人は一蓮托生ですけどね。それでも国と個人を切り離して考えることはできる。そういうふうに考えることのできてしまう人がいる。一方でそういうふうに考えない人がいる。その両者のあいだで内戦がくりひろげられてる。

そういえば、ミュンヘン滞在中にいくつか芝居を観たんです。そのひとつにチェーホフの『桜の園』がありました。『桜の園』は、震災後に読んだ時は福島の話だと思ったんですよ。ある土地を出ていかなければいけない、という話ですから。でも、この間観たときはトランプの時代が来た、という話に見えた。これまで揺るぎなく信じていられた価値観がいきなりぐらぐらしてきた。それに対してあなたはどう対応する?そういう話に見えたわけ。これって超基本的な演劇の、あるいはフィクションの力ですよね。

※1 ドイツの公共劇場では通常、古典作品や新作を制作し劇場専属の俳優によって日替わりで上演される「レパートリーシステム」をとっている。

岡田利規 / 演劇作家・小説家

1973年横浜生まれ、熊本在住。
演劇作家/小説家/チェルフィッチュ主宰。

活動は従来の演劇の概念を覆すとみなされ国内外で注目される。2005年『三月の5日間』で第49回岸田國士戯曲賞を受賞。同年7月『クーラー』で「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005ー次代を担う振付家の発掘ー」最終選考会に出場。07年デビュー小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を新潮社より発表し、翌年第2回大江健三郎賞受賞。12年より、岸田國士戯曲賞の審査員を務める。13年には初の演劇論集『遡行 変形していくための演劇論』、14年には戯曲集『現在地』を河出書房新社より刊行。14年、東京都現代美術館にて映像インスタレーション作品『4つの瑣末な 駅のあるある』を発表して以降、15年同館での企画展の一部展示会場のキュレーションや、16年さいたまトリエンナーレでの新作展示など、美術展覧会へも活動の幅を広げ、「映像演劇」という新たな手法による作品制作に取り組んでいる。15年初の子供向け作品KAATキッズプログラム『わかったさんのクッキー』の台本・演出を担当。同年、アジア最大規模の文化複合施設Asian Culture Center(光州/韓国)のオープニングプログラムとして初の日韓共同制作作品『God Bless Baseball』を発表。16年、瀬戸内国際芸術祭にて長谷川祐子によるキュレーションのもと、ダンサー・振付家の森山未來との共作パフォーマンスプロジェクト『in a silent way』を滞在制作、発表。16年よりドイツ有数の公立劇場ミュンヘン・カンマーシュピーレのレパートリー作品の演出を3シーズンにわたって務める。

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