ミュンヘン・カンマーシュピーレ『NŌ THEATER』劇評
ドイツ有数の公立劇場ミュンヘン・カンマーシュピーレにて、岡田利規が3シーズンにわたってレパートリー作品の演出を務めたうちの、2作目として2017年2月に初演された『NŌ THEATER』の劇評を公開。
南ドイツ新聞 2017 年 2月20日付抜粋
エクベアト・トル記者
岡田利規が『NŌ THEATER』を制作した。600年前に生まれ、以後400年の間にその形を固めてきた演劇形式と同じ名前を持つ作品を、カンマーシュピーレで作り上げた。動きや音楽や能面の規則の中で定格化されてきた演劇形式である。そして題材も。実際、岡田は能を作ったが、きっちりと決められた、博物館行きとなったエキゾチズムを何時間も見るのではなく、カンマーシュピーレの俳優たちによる確かに異国風ではあるが、部分的には人工的な動きと、もっと人工的な語りを見る。岡田にとって形は道具であり、それ自体が目的なのではない。そして彼が語る物語が能の規範と共通するのは、幽霊が現れてくるというところだけである。
場所は変わらず、照明と音楽の雰囲気と出演者だけが変化する。六本木を舞台にした第1部では、素晴らしい演技を見せるシュテファン・メルキがトーマス・ハウザーに出会う。イェレナ・クルジッチが二人の出会いを遠回しに、珍しい特異なコメントで見守る。メルキは投資銀行のディーラーだったが、日本の不動産と株のバブル崩壊の一端を担ったあげく、自殺してしまった。そして今、ハウザー演じる若者に許しを請うために、幽霊となってこの世に戻ってきた。銀行員として貪欲と愚かさのために浪費した結果、若者から将来の希望を奪ったことに対して許しを請う。
メルキとハウザーはコマのように互いの周りを回りあい、言葉を求めて闘い、ポーズをとって留まる。これらのポーズに、特に不自然さの中で言葉に意味を与える能の伝統が認められるかもしれない。意味は言葉の言語的造形とは必ずしも一致しない。別の言い方をすれば、形によって高められた言語行為はヘルダーリンにはよく合うだろうが、完全に反ユートピア的な現代についての秘密のない語りには合わない。しかしクラッシュに至る経緯については多くが語られる。それは1985 年、 ニューヨークのプラザホテルの一室で始まった。そこで首脳5ヶ国の代表者が円の切り上げを交渉し、2008 年の世界中の銀行の惨事で終わった。
能の構成と全く同じように、コミカルな幕間劇である狂言が続く。アンナ・ドレクスラーが地下鉄で、ハムレットの母親である ガートルードのセリフをどうやって覚えるかを語る女優を演じる。幽霊が出てくる作品がここでも登場する。ドレクスラーの一人芝居がこの夜、唯一の感覚的で気分を明るくするものである。
ナハトクリティーク 2017年2月19日付抜粋
ペトラ・ハルマイヤー記者
表情を動かさずに
岡田のすべての演出作品と同様に、『NŌ THEATER』も動きと言語の乖離によって特徴づけられる。オフィスの異様さを描いた彼の素晴らしい悲喜劇『ホットペッ パー、クーラー、そしてお別れの挨拶 』では、異様に捻じ曲げられた身体が物語を語り、抑圧された激しい感情を暴いているのに対して、今回彼は最低限の身振りしか用いていない。俳優たちはほぼじっと立って、表情を動かさずにセリフを語る。たまには足を上げたり、両手で空をつかんだり、体を曲げたり、かすかに揺らしたりする。厳格な簡素化で岡田は古典的な能の上演に近づく。古典能ではどんなかすかな指の動きでもコード化された規則に従っているが、我々が能と共通する記号システムを持っていないため、この作品では動きは説得力のある異化作用を持ち続ける。
能の典型的な減速の原理は、ミニマリストとして知られているこの演出家にとって新しいことではない。今回の演出では、彼はこの原理を儀式的に実施している。すべての歩みはゆったりとしており、儀式的な正確さで実行される。これには奇妙な魔術があるが、長い間続くと疲れてくる。アンナ・ドレクスラーが地下鉄の駅で『ハムレット』の中のセリフを覚える女優を 繊細な可笑しさで演じる幕間劇でホッとする。
幽霊のフェミニズム
第2部では東京を訪れた地方都市出身の若者が「フェミニズムの幽霊(アンナ・ドレクスラー)」に出会う。そこにもう一人の女性の幽霊(マヤ・ベックマン)が加わる。これは、2014年に怒りのうねりを引き起こした東京都議会での塩村文夏への性差別的侮辱に駆り立てられた幽霊である。駅員と一緒に二人は世代を越えて膨らんできた女性たちの“怨念”を呼び覚ます。もし女性たちの“魂を鎮める”ことができなければ、人口は 減少し、日本は滅ぶと彼女たちは言明する。
劇評翻訳:山下秋子
ミュンヘン・カンマーシュピーレ
『NŌ THEATER』
作・演出:岡田利規
ドイツ語翻訳:アンドレアス・レーゲルスベルガー
出演:マヤ・ベックマン、アンナ・ドレクスラー、トーマス・ハウザー、 イェレーナ・クルジッチ、シュテファン・メルキ
音楽:内橋和久
美術:ドミニク・フーバー
衣裳:ペレット・シャード
照明:アンドレアス・レーフェルド
ドラマトゥルク:タールン・カーデ
製作:ミュンヘン・カンマーシュピーレ劇場
2017年2月 ミュンヘン・カンマーシュピーレ劇場 <初演>
https://www.muenchner-kammerspiele.de/en/staging/no-theater
2018年7月6日(金)~8日(日) ロームシアター京都 サウスホール
https://rohmtheatrekyoto.jp/program/7856/