『三月の5日間』初演俳優アンケート:東宮南北
アンケート構成:桜井圭介(音楽家、ダンス批評)
Q1 当時を振り返って、出演者=俳優として、チェルフィッチュそして『三月の5日間』は、どのような演劇だったとお考えでしょうか? あるいは、自分はどのように舞台に立っていたのか?について、お聞かせください。
当時は多分、芝居を始めて1年くらいでした。当時は劇団に所属していて、そこでの方法論と逆のことを求められている気がして凄く戸惑いがありました。ただ、後々になって思ったのは方法論や表出の仕方は違っても根本的なものは僕の感情の動きから生まれてくるものなので、一緒だなということでした。チェルフィッチュと劇団を行き来したことによって、生まれた確信です。
もう演劇を離れて10年以上経ってしまっているので、技術的なこと等は他の方におまかせして、当時の思い出を書きたいと思います。
稽古をしながら段々と台本が上がってくる感じでしたので、最初は全体像が全く見えず面白いのかそうではないのかすら分からず断片のシーン稽古の日々でした。台本が完成に近づくたびに、面白くなる予感が増してきました。ついに最終稿が上がったときは、すごいものができたと思いました。
とりあえず、岡田さんのテキストの面白さがチェルフィッチュの魅力だと思います。演劇的手法はそのテキストの上にのって初めて活きるのかなと。
当時はとにかく岡田さんに怒られまくりだった記憶があります。多分、他の出演者の5倍増しで怒られてました。他の出演者がスムーズに稽古を進めていくなか、自分のシーンで何度も立ち止まってしまって、「あぁ俺のシーンはカットになるか、俺はこのままだと配役変えられちゃうな」とリアルに考えて落ち込んでいました。まあ、今になって思うと岡田さんの東宮南北という役者への興味と愛情の裏返しによる怒りだと思って有り難く思ってます。その後の作品でも起用して頂いたので、間違いないですね。
ただ、メンタル的には怒られ続ける日々は結構くるので、他の出演者の方に支えて頂き、なんとか本番にこぎつけたという感じだったと記憶してます。特に太一(山縣太一氏)とトト(松村翔子氏)とはこの作品以外でもチェルフィッチュ作品のほとんどで共演しますが、一貫して怒られる僕を精神的に支えてくれた盟友でありました。その二人に出会えた記念すべき作品という意味でも記憶に残ってます。トトとは、その前の『恋と自分/とんかつ屋』でも共演してますが、一共演者から盟友へと変わったのはこの作品からだと記憶しています。
チェルフィッチュは器用な役者さんが多いと思います。僕は不器用で、飲み込みの悪い役者でしたが、岡田さんの稽古場での粘りと演出で本番の舞台上では輝きを放つことが出来たと思っています。
Q2 チェルフィッチュの舞台を観客として観劇することがあったと思いますが、外側から見て何か感じたことがあればお聞かせください。また、近年の岡田演劇は方法論的に変化したとも言われますが、変化したもの・変わらないもの、思うところがあればお聞かせください。
チェルフィッチュを離れると同時に演劇からも離れてしまいましたので、申し訳ないのですが分かりません。
Q3 初演時には2000年代の若者の身体として舞台に立たれたわけですが、2017年の若者(全般/俳優)の身体について、どのような印象をお持ちでしょうか? また、リクリエーション版に出演する若い俳優にアドバイスするとしたら、どのような言葉を伝えますか?
もし現在、稽古場で岡田さんにガッツリ怒られまくりの役者の方がいたとしたら、昔のチェルフィッチュには東宮南北と難波幸太君という怒られトップ2がいたけど、その二人は本番ではキチンと輝きを放つことが出来たので、岡田さんを信じて身を委ねていいと思います。
プロフィール
東宮南北
1982年生まれ。群馬県出身。
2003年頃から演劇活動を開始する。
湘南の劇団「P.E.C.T」に所属しており、以後劇団解散までのほとんどの作品に出演。
並行してチェルフィッチュの作品にも多数出演。2008年に演劇活動に区切りをつける。
現在、群馬県在住。