『三月の5日間』初演俳優アンケート:江口正登

アンケート構成:桜井圭介(音楽家、ダンス批評)

Q1 当時を振り返って、出演者=俳優として、チェルフィッチュそして『三月の5日間』は、どのような演劇だったとお考えでしょうか? あるいは、自分はどのように舞台に立っていたのか?について、お聞かせください。

「出演者=俳優として」という限定で言えば、実は結構苦い気持ちがあります。とりあえずまず台詞が少ない。もっと台詞を書いてもらえるよう岡田さんを触発させられなかったということですけど、台詞が少ないがゆえに自分が何かを試せるスペースも少なく……という一種の悪循環にあったように思います(2月の初演の後、6月の神戸公演のときに、どのように舞台にいればよいのかということがようやくちょっとつかめた感じがして、次の作品である『労苦の終わり』で、俳優としての仕事が一応できたという風に思えました)。
自分のことを離れてみても、岡田さんは『三月の5日間』を書くのにだいぶ苦労していたように思います。ぽつりぽつりと、間歇的に新たなパートが書かれ、稽古場で俳優に台本が渡されていった記憶があります。そうした執筆過程のこともあり、最終的にできあがった作品(というのは、本番を迎える時点で僕たちが至っていた状態という意味ですが)に関しても、ある種の「か細さ」という印象がありました。そうしたあり方は作品として意識的に選び取られた面もあると思いますが、作品を作る過程での、なんというか満身創痍な感じからきた印象のことでもあります。この作品の方法論と物語がどのように受け取られるのか、まったく予想のつかない中、ひとつひとつを生真面目に確かめながら進む稽古でした。
普通の思い出話的なエピソードということでは、とても好きなのは、ある日稽古場で、確か冒頭の男優1と2の場面を稽古していたときのことだったと思いますが、岡田さんが、場面としての出来にはひとまず納得しつつ「なんか、俺この作品わりとグッドルッキングな人たちの話として書いたつもりだったんだけど、だんだん、あれ、なんか違うなって感じがしてきたんだけど…まあいいか」と呟いたことですね。その発言の前のことか後のことか忘れてしまいましたが、その日、男優1の衣装が岡田さんの私物セーターに決まりました。

2004年『三月の5日間』初演:江口正登

Q2 チェルフィッチュの舞台を観客として観劇することがあったと思いますが、外側から見て何か感じたことがあればお聞かせください。また、近年の岡田演劇は方法論的に変化したとも言われますが、変化したもの・変わらないもの、思うところがあればお聞かせください。

内側にいたといえる時期がそれほど長いわけではなく、またもはやそれからあまりにも時間が経ってしまっているので、「元内側」というより単純に長く見続けてきた者として回答させてください。
初演の頃と今とでは、チェルフィッチュの作品も文脈も大きく変容したと思います。この間の変化を敢えて一言でいうならば、先に述べたような「か細さ」や、あるいは「虚弱さ」とも名指したくなるような曖昧で頼りないたたずまいを脱し、その幹を太くタフにしてゆくプロセスであったように思います。
自意識が暴走しすぎてたえず自己ツッコミを入れながら喋る挙動不審なキャラクターたちは後景に退き、今の岡田作品の人物たちは、比喩的にいえば「大人」になった、より社会的な存在としてあるように思います。それが変化ですが、同時に、人物が自分の思考の内容を外化するという叙述の形式は一貫していると思います。その内容が、若者的な自意識の暴走という未成熟なものではなく、分別ある大人による「内省」というより近代的(?)なものへと変容したということだと思うのですが、思考内容が発話として外化されるという形式は一貫している。
そして形式の一貫性とは結局内容の一貫性でもある。自分の意識内容を常に外化しながら喋るということ。欲望や動機の言語化は、人物から偉大さの印象を剥ぎ取るものであり、だからチェルフィッチュの登場人物たちは常に卑小です。言い換えれば、チェルフィッチュは決して悲劇を上演しないということだと思います。

2004年『三月の5日間』初演:江口正登

Q3 初演時には2000年代の若者の身体として舞台に立たれたわけですが、2017年の若者(全般/俳優)の身体について、どのような印象をお持ちでしょうか? また、リクリエーション版に出演する若い俳優にアドバイスするとしたら、どのような言葉を伝えますか?

普段あまり若者の身体というものを意識していませんが、社会的・技術的な条件としては、月並みですが、スマホ的なものやそれを媒介としたSNS的なコミュニケーションの全面化ということが、やはり初演時との最大の違いであり、それに応じた身体性や行動様式の変化というのは色々あるとは思います。そこで先に述べたような、2003年的な自意識の暴走状態や、あるいはそれに代わるような演技態のうごめきをどう提示するかというのは、上演における一つの課題になるのかなとは思います。
アドバイスですが、クリエーションのただなかにある人たちにその外から言えることはありません。年長者の訳知り顔の助言や期待になど耳を貸すな、みたいなメタ・アドバイスもありません。単に楽しみにしています。

あ、自分がやってた役(男優5)の台詞が増えてることを願ってます!

2004年『三月の5日間』初演:江口正登

プロフィール
江口正登(研究者)
1978年北九州市生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。現在、立教大学現代心理学部映像身体学科助教。専門はパフォーマンス研究、表象文化論。「使えるプログラム」プロジェクトメンバー。チェルフィッチュでは2003年から2004年にかけて、『ユビュ王』『三月の5日間』『労苦の終わり』の三作品に出演した。